随筆より。その3
ブギウギ由来記(昭和23〜4年頃掲載不明)
「トウキョウ ブギウギ リズム ウキウキ ココロ ズキズキ ワクワク・・・」
東京の子供等は、童謡でもないこの歌を、大人よりも早く歌いだした。子供等には言葉の
意味は解らなくても音楽の持つニュアンスは直感するのに違いない、だから「リンゴの気持ち」も
子供等には解るのだろう。
ブギウギは「リズム浮き浮き心づきづきわくわく」という言葉で表現し得ていると思う。
聴く者がなんとなく「ウキウキ ワクワク」するリズム、それが「ブギウギ」だというような説明の仕方
もある、がも少し詳しく説明すると「ブギウギ」はエイト・ビート・ミュージックとも云って四分の四拍子
を後打ちを勘定に入れて、八つに数えるリズムを持ちブルースから変化した十二小節より成るモチーフに
よって書かれた曲の総称である。テンポは大体●=180(原文ママ)位が普通だが、もっと遅いものもある。
ブギウギは省略して単にブギとも云う。Boogie
Woogieと書く。
「ブギウギ」に関する正確な文献は知らないが、大体今から5、60年前頃から、シカゴ地方の黒人がピアノで
演奏したもので、歌詞も無い曲が多かった、その後歌詞をつけたものもあるが、詩というにはいたらない程度の
もの許りである。当時は右手(メロディ)も左手(リズム)も単音で演奏されていたので、リズムは面白い
が単純すぎるのためか全国的に流行すrにいたらず、地元のシカゴ地方でも、一時あまり流行らなくなって
いたのだが、今から十年程前にブルーノートによるハーモニーをつけた楽譜が出版された頃から、またまた
流行しだして、平和になると同時に、単純ではあるが陽気なリズムが、何か明るい感じを求めていた人心に
アピールして大いに流行しだしたのだと思われる。
最近自分は「東京ブギウギ」「ヘイヘイ・ブギ」「ジャングル・ブギ」等、幾つかのブギウギの曲を
書いたが、自分も矢張り明るい感じを求めていたからである。
終戦後、耳に眼に映る事物の総てがユウウツの種で、従来「別れのブルース」「雨のブルース」等々、
暗い感じの曲を多く書いて日本人の感傷癖を高めていた自分は、もうブルーステンポの曲を書くのは嫌に
なって、何か自分の気もちも、世間をもパッと明るく転換させるような曲を書きたいと悩み続けていた。
そうしてある日、聴くともなくWVTRでブギウギのリズムを耳にして、
「そうだ、自分の心の悩みを解決してくれるのはこのリズムだ。」と感じた。そうして間もなく出来上がった
のが「東京ブギウギ」である。
「東京ブギウギ」を作曲する前に、ある日省電の中でフト頭に浮かんだのが「ソラドミレドラ」という
テーマメロディと、本文の冒頭に掲げた「リズム浮き浮き心づきづきわくわく」という一連の語呂合わせの
ような詞だった。このテーマが頭に浮かんだ時自分は「ブギウギはこれだ」と思った。
後は歌詞も無いのに自然に、第二テーマに続くヴァリエーションが流れ出た。忘れちゃ大変だと思ったので、
駅前の喫茶店に飛び込んで、有りあわせの紙に鉛筆で走り書きして、家に帰ると早速ピアノに向かって
メロディを書き上げ、翌日それを友人の鈴木勝君に渡して、
「この一連の語呂合わせのような詞を生かしてメロディに相応しい歌詞を書いてくれ。」と頼んで出来上がった
のが「東京ブギウギ」である。
私が求めていた如く、世間も何か明るい感じのものを求めていたとみえ、また笠置シズ子君の好演技も
手伝ってか「東京ブギウギ」は作品発表後二三ヶ月で全国的に普及したらしく、新聞の三面記事に
「東京ムギムギ 田舎コメコメ」という見出しが使われたり、「東京ブッソウブッソウ云々」という東京ブギの
メロディを使った替え歌が唄われたりするまでになった。私が云うと手前味噌になって些か恥ずかしいが、
愉快なのは進駐軍のクラブでGIがジャズバンドに東京ブギの演奏を要求したり、道を走るジープの上から
東京ブギの口笛が聞こえたりすることで、本場のブギウギとは多少異なった私の拙い作曲がGIに愛好され、
やがて彼等が祖国へ帰った時、日本の想い出話に混えて、彼等の両親や恋人に東京ブギを唄って聞かせるかも
しれないと考えると、今更ながら「言葉に国境無し」という言葉を想い起こすと共に、音楽に志す自分の責任を
感じる次第である。