随筆より。その1

ジャズ漫筆(昭和11年掲載紙不明)

 ジャズは白人に虐げられて来た黒人の生活からにじみ出た音楽である。
ジャズは悲しくて楽しそうであり、ジャズは笑って居て心で泣いている音楽である。

 ジャズの持つ四つのリズムの心地よいスィングは人間の胸の動悸であり、脈拍である。
其のリズムの上に流れて居るあらゆるジャズの楽器は人間の血であり、意思表示である。
ジャズは機会を動かして居る音楽ではない。

 ジャズは生きて居る。そして僕達の様に生活の苦悩や喜びを知って居る。
ジャズ其のものがもう完全な人間なのだ、芝居もやるし、踊る事も出来るのである。

 トランペットの高い音は、人間のはげしい雄叫びでありわめきである。
トロムボンの音は怒って居る様だ、怒鳴って居る様だ、まるで暴君の様に、
かたらわらに可憐なサックスが悲しい運命を泣きじゃくって居る。

 トロムボンは尚ほも劇しく怒り出す、荒い言葉を吐き出す様にわざとスライドを縦横に
振り立てて、暴れ出した、三つのトラムペットはもう我慢が出来ないんだろう、おしまいには
手をあげて叫びだした、可成り憤慨しているらしい。仰向ひてかん高くよりかん高く三つの
ペットを五つにもきこえよとわめいて居る。まるで可哀想なサックスをトロムボンの怒りから
救ひ出す様に。

併しそれは駄目だ、トロムボンは怒りながらも、猫なで声で泣くなとサックスを
なだめすかして居る。そして時にはトラムペットに負けない程のキレイなテノールで
甘い恋の唄を唄い出すし、後からスーザホン奴が肩をたたいて『後はわっしが引き受け
やした』と低い低い調子で盛んにトロンボンを元気づけて居る。

悲しい唄が遠くに聞こえる、まるで三人のサックスの身の上を憂へて居る様にたえだえと
響いて来る。誰だろうか可成り神経質らしいと思ったら、ヴァイオリンだったのか、
三人あつまって目を泣きはらして唄って居る。

トラムペットもさけびつかれたのか、トロムボンもどうやら怒りからさめたのか、
後に残る荒い吐息ばかりが烈しくきこえて居る。
ただ細々とあはれなサックスがきこえるばかりである。
もうヴァイオリンも何もきこえなくなった。淋しい一瞬である。
と、突如、それはほんとうに突如である。一番隅っこに、ピアノやギターと息を
はずませて居たドラムがなんと物凄い形相でかたはらのシムバルを強くはじいた、
そしてもう一度スティックで大きく空を切ってもう一つの大きなシムバルをしばいた。
さあ大変、今まで静まりかえって居た暴君トロムボンは又々スーザホンの尻馬に乗って
大声で怒鳴りだした、そしたらそばの三つのトラムペットが又々わめき出した、
今度は皆でダービーを冠ってうなるはうなるは、もう手の付けようがない様に。

 先程からようやく涙を拭いた三人のサックスは何を思ったのか、急に立ち上がって
クラリネットに早替わりをしてしまった。さぁこうなれば一寸うるさくなって来た、
立ち上がったクラリネットはトラムペットの方を向き直って一度にどっと封抗しはじめた。

 トラムペットがダービーを脱いで軽くクラリネットに会釈した、クラリネットも
大きなグリスを投げかけた、ちょっとペットがからかった、クラリネットがもっと高く、
そしたら今度は横合いからトロムボンが現れて、一声わっと怒鳴りまくった、
すかさずペットが之れを受けてクラリネットにあびせかける。

『プーピープピプピー』クラ『エヘヘ・・・ケラケラ・・・・』
ペット『プーピープーピー』クラ『ヘラヘラヘラ・・・』ペット益々頑張って、
『プーピープーピー、プピプピプピ・・・』もう少し高く高く、も少し、も少し、
あぁ遂にどちらともわからなくなった、クラリネットも血を吐いて居る。
ペットは尚も苦しまぎれに高い音へと昇って行く、クラリネットは又立ち上がった。
そして高い高いトリルのキイでふるへ出した。ペットはもう真っ赤になって、
脂汗さえにじみ出してさけびつづけた。トロムボンはくっきりと青すぢの後が見える。
もうトロムボンは三つのペットと合流してしまった、うなれ騒げわめけ、クラリネットよ、
もっと高く、鋭く頑張り通せよ。

 突然リズムがハタと止まってしまった、血管が破裂したのか、呼吸が止まったのか
もうペットも、トロムボンも、クラリネットも、死んだようになってぐったりとかたはらの
椅子にたほれた。

不気味なシムバルの余韻がまだ耳に残って居る。
かくして一幕の悲劇は閉じられた。
一曲のジャズが終わったのだ。

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