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かくして僕のラジオ・オペラ『桃太郎』は事もあろうに国家存亡の危機、しかも日米開戦の
第一日目に直面したのだ。
民俗オペラとしてNHKも特に力を入れた番組で原作はサトウハチロー、全四幕の大作で、
配役は当時、東京音楽学校出の新進気鋭、若手オペラ歌手ぞろいで、桃太郎は酒井弘、おじいさん
は村尾護郎、おばあさんは佐々木成子、キジは鷲崎良三、サルは高木清、その他、コーラス50名、
オーケストラは東管全員とそれに加えてジャズオーケストラが十五人編成という膨大なシンフォニックジャズで、
当時としては民放局がないのでNHKでなければできなかった大がかりの放送だった。
今や軍国日本に走りつつある時で、『桃太郎』のテキストをサトウハチローに委嘱したのも、
鬼ヶ島征伐をする話が国民全体に勝って来るぞの勇猛果敢な精神を昂揚させる目的だった。
しかし僕の考えでは全体にジャズ調のシンコペーションを加味したフレーズを使い、ジャズコーラス的な
ものを入れ、時々、桃太郎の鬼ヶ島から凱旋する歌のバックには愛国行進曲の旋律を流したり、お供の
イヌのアリアには「男子一旦志を立てば」と詩吟調のソロをしようしたり、若気の至りとはいうものの、
自分のスタイルで振る舞った。
鬼のコーラス、イヌ、サル、キジのトリオと終始一貫今日までのジャズ信仰の姿勢を崩すことなく
書きまくった。
ジャズ・オペラは昔からの夢で、早くから、ガーシュインの音楽にあこがれて、とくに『ポギーと
ベス』のオペラが好きだった。
自分の生涯の中であんな曲が書きたい。黒人のスピリチュアルやサマータイムのような歌が書きたい、
そんな希望を捨てずにいた僕は、この『桃太郎』に自分の手法で書こうと焦った。
しかも歌手陣は若手のオペラ歌手を集めているのだ。このチャンスにサトウハチローと組んで我が真価
を発揮したいと熱意に燃えたぎった。
十二月八日が放送日とはなんということだろう。(注)しかも僕の結婚記念日でもある嬉しい日だ。
もう少し早く『桃太郎』の放送日が定まって入ればとも考えたが、やむにやまれぬ日本の立場、
このときに英米を相手に戦わなければ日本が滅びる、滅ぼされる。
日本が滅びては芸術も音楽もない。これは大変な事だ。桃太郎も浦島太郎もカチカチ山もない。
挙国一致、国を挙げて心を一つにして祖国のために一億火の玉となって闘わなければならない。
あれから、軍属になって上海へも出かけた。そして終戦を上海で味わった。
連合国軍の国旗が上海の街角にはためいているが、日章旗がない。提灯行列が南京路を万歳、万歳といく。
日本はかつて敗れたことがないのに、今回はついに日本は敗れたり、行列の後列に従って、こっそりと
ついて歩く。せめて敗戦のみじめさを一度は味わってみようと、人目を避けて、まるで中国人のような
つもりで歩いた。勝者の足は軽く、敗者の足は重く哀しかった。あれから、四十年の歳月は流れて、
今日の日本は?
ジャズ・オペラ桃太郎のオペラは聴かれずとも今日、もう『桃太郎』の思い出は忘れたい。
自分の作曲したもので、その演奏を耳にしないのはこのオペラ一曲だけ。楽譜をたどって口ずさみながら、
自然と涙の出る思いがしてならない。
(注)「十二月八日が放送日」はおそらく筆者の勘違いで、その日が稽古初日だったことがご存命の佐々木成子さんの
証言からわかりました。
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