
ぶん:服部良次
「猫とライスカレー」というお話を知っていますか?
主人公は誰? ストーリーは? そういうことは一切わかりません。
でも、服部家の五人の姉弟姉妹にとってお話といえば、「桃太郎」や「アラジンの不思議のランプ」
ではなくて、断然この「猫とライスカレー」なのです。
作者は父。父がわたしたちに聞かせてくれたお話はこれたった一つだけで、
他のお話はどんなにせがんでもしてくれませんでした。
子供部屋は一番奥の六畳間で、夜になるとここが五人の寝室になります。
この家の子供たちは八年の間にほぼ均等の間隔で誕生したので、二年毎に新手が次々と加わり
いたずらやしくじりが幾何級数的に増大していく勘定となり、唐紙は破れほうだい。
壁という壁はクレヨンや鉛筆の落書きで埋め尽くされ、障子戸も穴だらけ。
一番末の私が物差しとクレヨンを握れる年齢になったときはには、
もう破る障子も落書きできる白い壁もほとんど残っていませんでした。
そんな子供部屋に父が入ってくるのは、きまって夜12時をまわってから。
庭に「ブギ」という雑種の犬がいて、まずその鳴き声がするのです。
玄関のあたりに人声がして、どうかを近づいてくる足音と
「あなた、もう寝てますから、およしなさいよ。」という母の声。
「でも、・・・・もうほんとに、ちょっとだけ・・・。」
「もう、しようがないんですから。」
わけのわからない父の弁解とちょっとしたやりとりがあって、
それから静かになります。
今夜はもうあきらめたかなと思っていると、ソーッと唐紙が開いて父の顔がのぞくのです。