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服部良一にまつわるエピソードなどです。
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「鳥の歌」と「恋の歌」。
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「蘇州夜曲」の冒頭の歌詞で、「君が美胸に抱かれてきくは、夢の舟歌、鳥の歌〜・・・」というのがあります。
でも歌い手によって、「鳥の歌」が「恋の歌」に変わっている時があるのをご存じでしょうか。
今の今まで「恋の歌」だと思っていた方もいらっしゃるかもしれませんが、これは「鳥の歌」が正解なのです。
どうして「恋の歌」に変わってしまったのか、私たち家族は今ひとつきちんと理解していません。
もしかすると、このホームページをご覧の懐メロファンの方の方が「いつ」「どこで」そうなったのかご存じかも
しれませんね。そこで!!!もしもその事をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ「胸の振り子」宛にメール
を送っていただきたいのです。真実にたどりついたら、またこちらで紹介させていただきたいと思います。
(メールアドレスは munenofuriko@r-hatto.com
です!!)
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一番好きだっ曲。
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家族に「一番好きだった曲は何だったんだろう?」と聞いてみたところ、
「あの人は自分の作った曲はみんな好きだった。」との答え。まぁ祖父の性格なら大いにあり得ると思う。
ある人には「蘇州夜曲」といい、またある人には「夜のプラットホーム」と答え、またまたある人には
「アデュー上海」の最初の部分という。「夢去りぬ」も相当気に入っていたようです。
・・・どれも本当だったのかもしれません。
ただ「自分の葬式には『蘇州夜曲』をかけて欲しい。」というのは本人の希望でした。
これはこの曲が挿入歌でもあった「支那の夜」の監督、伏水修さんが昭和17年に肺結核のために他界され、
その告別式で告別音楽の指揮を受け持った服部がマイナー調に編曲をして彼の遺影に向かって捧げたという思い出
が彼の中でもかなり強烈に印象に残っていたようです。
彼の希望通り、告別式の出棺の際に「蘇州夜曲」が流れ、その後の音楽葬の時にもラストに「蘇州夜曲」が
孫の服部隆之氏のアレンジで演奏されました。
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「わてほんまによういわんわ。」
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この言葉は「買い物ブギ」の一節に出てくる歌詞なのですが、この「買い物ブギ」は
今で言うならばまさしく「ラップ」。この曲を練習していた笠置シズ子はこの曲の
大変さに、「先生(服部のこと。)ウチこんな歌詞よういわんわ。」と言ったことから
歌詞に付け足されたという話です。
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「深山のさくら」
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この曲が実際には服部良一の初めての作品といえるかもしれません。
嫁いでいく姉への思いを西条八十の詩集の中に見つけた良一は、大正15年にこの詩にメロディーを
つけました。まだジャズとの出会いをしていない頃に作曲されたこの作品は日本歌曲に近いような
大変美しいメロディーで作られています。その後この西条八十とコンビを組んで数々のヒット曲を
生み出していく事になろうとはもちろん知る由もありません。
残念ながらレコードは残っていません。
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謎の作詞家?「村雨まさを」
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「買い物ブギ」をはじめとして、服部作品には「村雨まさを」という作詞家がいくつか
詞を提供しています。この「村雨まさを」とは何を隠そう服部良一本人なのです。
当時宝塚などで芸名をつける時には百人一首を引用することが多かったそうですが、
この「村雨まさを」も百人一首から引用したそうです。
本当は「村雨まきを」とつけたのですが、誤植で「まさを」となってしまい、
面倒なのでそのままにしてしまったそうです。(ようするに単なる面倒くさがりやなのです。)
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「一杯のビールから」??
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服部の大好きだったものの中にビールがありました。晩年まで晩酌にビールはかかしたことはありませんでした。
さて、「一杯のコーヒーから」という曲、最初は「一杯のビールから」という詞にしたかったそうです。
そう言われてこの曲のメロディーを聞いてみると、音が「ビール」という響きにあわせてついている
事がわかります。「コーヒー」だと「コーヒ」と歌わなくてはいけないのです。
結局「ビール」では今ひとつさわやかではないという理由で「コーヒー」に落ち着いたそうです。
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石原裕次郎の好きだった曲。
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ある日服部家に一本の電話がかかってきました。
「石原裕次郎ですが、服部先生の「胸の振り子」という曲が大好きで、ぜひ今度のアルバムに収録したいので、
その許可がほしい。」なんと石原裕次郎さんご本人からの電話だったのです。
このサイトのタイトルにもある「胸の振り子」。服部メロディーの中ではそんなに有名ではないのですが、
故石原裕次郎さんをはじめとして多くの方々に今でも大変愛されている曲です。
服部自身もかなり自信作だったらしく、渡米の際にビング・クロスビーに譜面を渡したというエピソードも
残っています。
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「別れのブルース」vs「雨のブルース」
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先日淡谷さんがお亡くなりになりましたが、テレビでは連日「別れのブルース」など多くの服部作品も流れていました。中でも「窓を開ければ〜」でおなじみの「別れのブルース」が有名ですが、どうやら服部自身は「別れのブルース」よりも「雨のブルース」の方が気に入っていたようです。その理由は今となっては定かではありませんが、服部が考えていたブルースのリズムに「雨のブルース」の方が近かったというのが理由のようです。
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